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有益さマイナス5億

【読書感想文】小野不由美『残穢』


「手元に置いておきたくない」
小野不由美の『残穢』を評した言葉だ。
山本周五郎賞を受賞したこの作品は、審査員の中で意見が割れたものの「とにかく怖い」という意見だけは一貫して一致していたという。

物語は主人公にあたるホラー作家の<私>が、読者から一通の手紙を受け取ったところから始まる。主人公はかつて自身の本のあとがきで、身の回りの怪談を教えて欲しいと読者に呼びかけていたことがあり、問題の手紙もそれに応えた内容だった。

「自宅であるマンションの和室から、畳を箒で掃くような音がする」

そんな些細な現象の原因を突き止めるため、主人公と手紙の送り主である久保は調査を始めることとなる。

この本の醍醐味は、背後からひたひたと這い寄ってくるような薄ら寒い恐怖だ。
物陰から急に何かが現れるわけでもない。調査中に誰かが変死を遂げるわけでもない。それなのに怖い。

やがて久保はとあることをきっかけに、音の正体は箒で掃く音ではなく、首を吊った女の着物の帯が畳を滑る音だと気づく。久保の住むマンションの部屋で、過去に首を吊った人間がいないか?というところから始まり、やがては調査の範囲はマンションの建っている地域全体に及ぶこととなる。
その過程で主人公たちは「穢れ」という概念に行き着く。人間が死ぬことによって生じる穢れがその土地に残り、また住む人間を介して他の土地や人間にも感染しているのではないか。

明治大正期にまでさかのぼる穢れの根源を突き止めたことでストーリーは終わりを迎える。突き止めただけで終わる。穢れの根源と壮絶な戦いを繰り広げたりもしない。

故に「本当にあった話ではないか?」という疑念がつきまとう。全部でなくとも、幾らかは本当の話が混じっているのではないか。もしそうなら、自分の住んでいる土地はどうなのか。
ルポタージュの文体がそれを助長させる。

この本の怖さは、遅効性の毒のようにじわじわと忍び寄る。
畳を擦るような音は聞こえないか。
逢魔ヶ時、薄暗い地面を這い回る黒い影は見えないか。
夜、ベットに入ったとき、枕の下から、床の下からブツブツ呟く声は聞こえないか。
自分の住んでいる土地に、穢れは残っていないか。
これからの人生のふとした隙間で思い出すのだろう。本棚に並ぶこの本を見るたびに。

これから一人暮らしを始めるすべての人に読んで欲しい。私だけが怖いのは嫌だ。